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「…………にやり」
口元に手を当てて無理やりに端を吊り上げてみる。
水面に映った自分の顔は、驚くほど気持ち悪かった。
昔から、表情というものを作ることが出来なかった。
その話をすると、大抵の人間は過去に辛いことでもあったのだろうと納得してしまうのだけれど、そんな事実は一切無い。
自分は普通にしのびの里に生まれ、普通にしのびとして生きてきただけなのだ。
ただ、生まれつき酷く不器用なのだという話。
それは悪いことなのか、蝶々に聞いた事がある。
その時返ってきた答えは「悪くはないけど、不便やよ」だった。その通りである。
だから今、水面を見て。
ふと、表情を作っているのだ。
楽しい時はどんな顔をするのか。
哀しい時はどんな顔をするのか。
嬉しい時はどんな顔をするのか。
怒った時はどんな顔をするのか。
一通り、頬を強張らせながら作ってみて、思う。
まるで人形のようだ。
そう思うと、胸の底が酷く熱く、何かが這いずる様な感触が会った。
確かこれは――不愉快、と言うのだったか。
「……蟷螂どの」
「××」
水面の、能面のような自分から目を背け、正面を見ると。
そこには、一人の少年が居た。
虫組に属する――彼の部下だった。
「何か用ですか?」
「いえ……よろしければ、修行を見ていただけないかと」
「別に構いやしません」
「ありがとうございます」
そう言うと、自分と同じく余り表情を作らない少年は。
仄かに、しかし柔らかに――微笑んだ。
胸が熱くなる。何かが蠢いているような感覚だった。
だけれど――これは、不愉快、と言うのとは違う気がする。
「……今度また蝶々に聞きますかね」
「?」
「こっちの話です……ねえ、××」
「何でしょう」
「俺は、人形ですかね?」
蟷螂から言えば、それはごくごく自然に出てきた言葉だった。
しかし少年にはよくわからなかったらしく、それでも至極真面目に答えられる。
蟷螂の良く分からない言動には、とっくに慣れているらしい。
「違うと、思いますが」
「へえ」
そりゃあ安心しました、と堂々と嘯いて。
少年の頭を、撫でるように触る。
自分では気付かなかったけれど、その時彼は。
これ以上もないほど優しく、微笑んでいた。