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「ねえ、貴方はそうやって私を攻めるけれど、貴方は彼に殺されかけた事はあるんですか?」
髪を振り乱し、半狂乱になっている彼女を目の前に、私は言う。
ああ、見苦しい。どうしてそんな、狂人のような格好で私の前に立つのだろう。
狂っているわけもないのに、どうして。
「彼に殴られた事はありますか。彼に蹴られた事はありますか。彼に首を締められた事はありますか。彼に死ねと言われた事はありますか。彼に一緒に死のうと懇願された事はありますか。私はあるんですよ」
その程度の事も経験していない彼女に、どうのこうのといわれたくはない。
神仏に頼るばかりで彼を傷つける、彼女になど用はない。
「貴方は彼を幸せにできないでしょう。彼は私が幸せにするんです。それに何か文句があるんですか」
「……ふ、けつ」
不潔だ、と彼女は言う。
「何がですか」
「彼、とか。そんな風に、呼ぶの、は」
ごまかしだ、と彼女は言う。
「ごまかし? 彼は彼ですよ。文句があるのなら言い換えましょう、お父さんです。私の大事なお父さんですよ」
「不潔」
一体何が不潔だというのか。それを言うのなら、昔の男に固執する彼女の方がよほど潔よくない。
「お父さんはお父さんですよ。お父さんは私を殺そうとしましたし私と死のうといいました。だから私はお父さんを愛するんですそれが何の問題があるんですかと聞いているんです」
「不潔、なのよ」
不潔。それは単に人を侮蔑する言葉だ。縋る神仏に裏切られた彼女は、信仰の対象を暴言に求めたらしい。
それ自体は悪い事ではない、信じる事は麗しきかな。信仰は個人を救済する。
ただ、信仰は他人を救済しない。
「変な人ですね」
私は彼と逃げるのだ。誰も知らない土地に行って、二人で睦まじく暮らすのだ。そして彼が私より先に逝って、私はそれを弔い泣いて、それから自分の人生を歩むのだ。
それだけの話なのに。
「一体何をそんなに固執するんですか。最初に裏切ったのは貴方の癖に。その時のお父さんは目も当てられませんでした。殺されそうになったのはその時です」
ねえ、貴方。
「貴方はお父さんにキスされたかもしれませんし抱きしめられたかもしれませんし抱かれたかもしれませんし愛されたかもしれませんが、殺されかけた事はないでしょう? そういう事なんですよ、只単に」
聞こえきれない叫び声、不協和音は鬱陶しく響き、私の首に絡みつく。
枯れた細指、その昔は綺麗だった指は、首筋を押さえつけた。
駄目だ、そこは血管だもの。
そこを抑ええては、あっさりと死んでしまう。
「そんな物ですか」
お父さんはもっと狂おしく強く私の首を締めました、とそう言うと指の力は一気に萎えてしまった。